ブルバキとランダウ

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数学原論(その15)

 現在2019年11月25日20時01分である。

麻友「今日は、通院だったのよね。どんな話をしたの?」

私「先生には、全部話しているので、

『薬を飲まないでいると、こういうことが、起きるんです。21時になると、母に、寝る前の薬を並べて、写真を撮って送って、今から飲みますと、メールするんですね。でも、もっとブログ書きたいときは、薬飲んじゃったら30分でバタンキューなので、横に薬置いといて、ブログ書いているんです。そうするとですね、22時くらいならまだ大丈夫なんですが、23時くらいになると、あれは、幻聴なんですかね、この間の場合、母と妹が、心配して見に来ているような、声が聞こえるんですね。そういうこと、他にも、そっち側には人間いないのに、壁をこする音とか、聞こえてくるんです』

と、話した」

若菜「お父さん、本当に幻聴あるんですね」

結弦「統合失調症というのは、本当なんだ」

私「そう。紛れもない、正真正銘の、統合失調症患者なんだ」

麻友「本当に、薬を欠かせないのね」


私「力学のブログで、コラムなんて始めたら、9回までに、なっちゃったね。滝なんて、当初の予定には、なかったんだ」

麻友「あれだけは、面白かった。ところで、今日は、ブルバキ?」

私「やっぱり、人間って、自分のしていることが、誰の役にも立っていない、というのは、辛いんだ」

結弦「まあ、当然だね」

若菜「何か、役に立とうと思っているんですか?」

私「ブルバキ数学原論は、日本語訳は、前半(つまり『位相 要約』まで)が、1984年、後半(つまり『実一変数関数(基礎理論)1』から『多様体 要約2』まで)が1986年に発売されたきり、完全に絶版になってしまっている。大きな図書館か、大学の図書館へでも、行かないと、読めない」

麻友「それで?」

若菜「どうしたいんですか? お父さん?」

私「もちろん原著は、フランス語で、改訂もされている。本当は、数学を志す人は、フランス語で読むのが、一番良い。だが、数学原論の数学の部分は、フランス語でも、結構読めるんだ。だが、序文の8ページのフランス語は、なかなか読めない。数学原論の数学の部分の他に、数学の歴史が書いてある部分がある。ここだけは、『ブルバキ数学史』として、日本語で出版されている」

ブルバキ数学史〈上〉 (ちくま学芸文庫)

ブルバキ数学史〈上〉 (ちくま学芸文庫)

ブルバキ数学史〈下〉 (ちくま学芸文庫)

ブルバキ数学史〈下〉 (ちくま学芸文庫)

結弦「お父さんが、言いたいのは、『ブルバキ数学史』に、序文が、入ってないって、ことなんだな?」

若菜「アマゾンで、bourbaki Theorie des Ensembles ポン。あれっ『なか見!検索』で、序文読めますよ」

麻友「えっ、ちょっと、見せて、どれどれ、何ページも、フランス語の勉強兼ねて、訳してみて、訳せたら、この本買うとか、したらいいのにね」

私「それ、アマゾンが、ずるいんだよ」

若菜「どこが?」

私「序文の最後のページ、カットされてるんだ。『なか見!検索』では」

結弦「どうして、分かるの?」

私「フランス語の原著持ってるからだよ」

若菜「あー、参りました。全部知ってたのですね」

麻友「とすると、太郎さんが方針を変えるというのは、自分のヘタクソな字で書いたノートのスマホの写真でなく、序文だけは、スキャンしようと。それは、日本の数学の未来のためだと、いうのね」

私「それに、カットされている、最後のページには、血の滲むような努力を経た、ブルバキの数学観が、示されている。これを、読まずに、ブルバキは語れない」

結弦「数学のことになると、お父さん目の色が変わるものな、じゃ、見せてよ」

私「よし。1日で読まなくても良い。私のノートへの書き込みが重要なところは、そこも、スキャンした。写真をクリックすれば、大きくなる」


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若菜「お父さん。これ、2006年のノートなんですね。でも、何回も、読み直している」

結弦「毎回、最初から読み直すことに、意味があるんですか?」

私「ノートの36ページをスキャンしたのに、びっしり書き込みがあるだろう。2018年頃まで、分かっていないことが、あったんだ」

麻友「2018年じゃ、私と会った後?」

私「そうだよ。麻友さんに、動機付けをもらって、進んでいた。いや、今も進んでる」

結弦「そういえば、圏と関手の話は?」

私「つい最近、図書館で借りて、こんな本、

前原和壽(まえはら かずひさ)『圏論入門』(共立出版

圏論入門 (数学のかんどころ)

圏論入門 (数学のかんどころ)

バラバラ読んでみたんだけど、圏論の説明をするには、数学がかなり分かってなければ、いけないということと、圏論の奥義は、随伴(ずいはん)という概念なんだけど、高校生どころか、大学1年生でも、『そう言えば、随伴行列って、あったなあ』くらいの、超難しい話でないと、使い道がない。『いや、圏は役に立つんだ』という人もいるかも知れないけど、まだまだ、集合論の役目は終わってないんだ」

麻友「じゃあ、ブルバキも、必ずしも、時代遅れではない」


私「偶然機会があって、『スティーブ・ジョブズ』っていう映画を、今朝観たんだ。ウィキペディアで、2013年のと2015年のがあると書いてあるが、2013年の方だ。それで、驚いたのは、『1980年頃、Apple Ⅱ というパーソナルコンピューターは、教育の現場でも使われ』とナレーションが入って、小学生たちが、パソコンを使ってる。1980年だよ。私が、9歳。私は確かに、NECのPC-8001を、触ってたけど、周りの子たち、みんな、ファミコンだよ。アメリカに、そんなに、水をあけられていたなんて、びっくりだよ。『研究したいからアメリカへ行く』という言葉を善く聞くけど、こんなに、差があるとはね。麻友さんは、知ってたのかも知れないけど。アメリカへ、行ったことあるから」

麻友「 ーーー (ここには、麻友さん自身が、書いて下さい) ーーー 」



若菜「お父さん、なんか、疲れちゃって」

私「もう、寝る時間なんだよ」

結弦「薬飲まないと、幻聴が」

麻友「今日のこの投稿は、一部の人には、役立つでしょう」

私「じゃあ、今日は、おやすみ」

若菜・結弦「おやすみなさーい」

麻友「おやすみ」

 現在2019年11月25日22時37分である。おしまい。