現在2019年10月31日19時22分である。
若菜「いよいよ、ブルバキ本文ですね」
結弦「僕たち、お父さんに、サプライズがあるんだよね」
麻友「あらっ、何があるの?」
私「そろそろ、始めようか」
若菜「お父さん、最近、プログラミング言語のpythonの勉強ばかりして、アマゾンのチェックが、甘かったんじゃないですか?」
私「『アーベル多様体』は、12万円のままだぞ」
結弦「ブルバキの主に後ろの方の新しい巻が、Kindleになったんです」
私「遂にやったか。前の方の巻は、改訂してから、Kindleにするのかな?」
若菜「お父さんが、お母さんの写真のない、紙の本は、買わない。なんて宣言しちゃうから、周りは戦々兢々としてるんですよ」
麻友「アマゾンの力は、強力ね」
私「この間、弟に会ったとき、ヨドバシドットコムが、凄くなってきてると言ってて、どう凄いの? と聞いたら、価格が1円でも送料無料で、届けてくれるって。そりゃ、凄いよね」
結弦「でも、ヨドバシドットコムには、洋書はまだない」
私「確かにそうだ。Kindleの情報、ありがとう」
若菜「どうして、お父さんは、ブルバキの改訂版が出ると分かってるのに、古い1960年代に訳された、訳本で、勉強しているのですか?」
私「それはね、ブルバキは、十分レヴェルは高いけれども、数学を研究するというレヴェルから見ると、ある意味ベーシックというか、数学者なら誰でも知ってなければならないことが、書いてあるんだ。じゃあ、なんで、敢えてブルバキか? というのなら、やっぱりセルフコンテインドだから、安心して読んで行かれるからだ」
結弦「じゃあ、序、を読んで行くか」
私「始めるよ」
私「頑張って、もう1ページ」
麻友「序の右側にある『2012.8.27 23:21』というのは、何?」
私「ああ、細かいことを、言ってるんだ。
証明の意味は昔からけっして変わってはいない,
というテキストの本文で、最後が、句読点の読点になってる。でも、ここで文章が切れているのだから、句点にすべきだ。と、2012年に誤植を訂正したんだ」
若菜「チェック厳しいですね」
結弦「これを、何千ページも続けるなんて、可能とは、思えないけど」
私「数式が出てくると、もっとパラッとした感じになって、気持ちよくなる。序だけ、辛抱してね」
麻友「出だしが、
ギリシャ人以来、数学とはすなわち証明である;
なのね。数学とは、計算かと思ってたけど」
私「これは、色んな見方があるけど、計算だけをやってた人たちもいるんだ。例えば、そろばんって、計算しかできないでしょ」
麻友「ああ、連続テレビ小説の『あさが来た』で、『365日の紙飛行機』歌ったわね。あのドラマの中で、そろばん出てきた」
私「ギリシャ人が、証明という方法を考え出したことで、数学は、非常に豊かになった。そして、数学とはすなわち証明である、と言われるほどになった」
若菜「以前お父さんが、論理学に、構文論と意味論というのがある、という話を、チラッとしてましたが、
語彙と構文という二重の観点から、その構造を抽出することができた。
と、ブルバキも書いてますね」
私「そう。ただ、その証明は、『数学原論』の中に、ないように見える」
結弦「明晳という文字に、拘ったね。漢和辞典にないとか、電子辞書にはあったとか」
私「現代では、明晰が、標準のようだ」
若菜「右上にかすれた字で『2012.8.27 23:29』とあるのは?」
私「テキストで、
殆ど身につかず
とあるのの、殆ど、を、ほとんど、だと辞書を引いたことを、書き込んでいるんだ」
麻友「2005年3月14日に始めて、4月4日に、ブルバキへの最初のアタックは、ついえたのね」
私「でも、このノート21ページがあったお陰で、その後のアタックが、非常に助けられた。2005年4月。麻友さんが小学校6年生の春を迎えている頃だ。お互い、その後の人生なんて、まだまだ分からない頃だよね。47歳でも、私は、まだ夢があるよ。『ウソをつかない数学』というゲーム、医学機器、死んだ人を生き返らせる、諦めたらそこまで。麻友さんも、やってみたいこと、やらずに諦めないようにね」
麻友「ありがとう。個人的には、医学機器、ちょっと期待してる」
私「じゃあ、今日は、解散」
麻友「もう22時24分だから、早く寝てね」
私「ありがとう。おやすみ」
麻友「おやすみ」
現在2019年10月31日22時25分である。おしまい。